あらすじ
近代錬金術が、世界の理を塗り替えはじめた時代。
新しい技術と新しい価値観が広がり、古い魔法は少しずつ居場所を狭めつつあった。
そんな時代にあってなお、古代魔法にこだわり続けるエルフミックスの魔女アウレリアと、その使い魔である黒猫ノクスは、町の片隅で静かに暮らしている。
ある日ふたりのもとに、菓子職人カンディアーニから奇妙な依頼が持ち込まれる。
町で評判を呼びはじめた新作菓子《ポプリーニ》が、突然、誰にも作れなくなったのだ。
原因は材料不足でも盗難でもない。
菓子を生み出していた小さな職人レプラコーンが、跡形もなく姿を消したのである。
残されたのは、曖昧な証言、噛み合わない善意、工房に残る仕事の痕、そして一枚の曲がった銅貨。
魔女アウレリアは帳面と材料、手順と言葉のほころびを読み解き、黒猫ノクスは市場裏の猫たちの噂、酒場に沈む囁き、湿った路地や水路の奥に残る匂いと痕跡を追っていく。
人間には見えない高みと隙間を渡り、人間には聞き取れない空気の乱れを拾い、ノクスは少しずつ失踪の輪郭へ近づいていく。
やがてふたりが辿り着くのは、単なる失踪でも、裏切りでも、怒りによる出奔でもない真相だった。
進歩の時代の陰で、古い契約の作法は理解されぬまま途切れ、善意でかけたはずの言葉は、当人にとって決定的な「終わり」の合図になってしまう。
華やかな文明の変化の裏で失われるのは、技術だけではない。
見えなくなるのは、言葉にされなかった約束、小さな誇り、そして誰にも記録されないまま零れ落ちる真実だ。
これは、匂いと痕跡を追う黒猫と、真実を言葉へ編み直す魔女が、失われたものを取り戻すのではなく、その輪郭を拾いなおしていく幻想譚。
静かで、やさしく、少しほろ苦い真相が待つ、黒猫と魔女の探索の物語である。