あらすじ
あらすじ
“見えてしまう”体質を持つ高校二年のNは、幼なじみのビーと、初めて蛍を見に山あいの沢へ向かう。
そこは祖母に教えられた、人知れぬ蛍の名所だった。
けれど幻想的な光の中でNの左手を握ったのは、ビーではなく、「ねぇ、たけちゃん」と微笑む――この世のものではない少女だった。
その夜を境に、Nは戦時中に祖母が失った親友・ユリコの記憶と感情へ引き込まれていく。
忘れられた約束。置き去りにされた寂しさ。原爆に奪われた少女の未来。
過去と現在、生者と死者が交差するなか、Nを何度も現実へ引き戻したのは、やさしく、それでいて強く寄り添うビーのぬくもりだった。
これは、蛍の光に託された再会の物語。
そして、まだ告白もしていない二人の想いが、静かに輪郭を持ちはじめる、ひと夏の記録。
登場人物紹介
N(エヌ)
本作の主人公。
“見えてしまう”体質を持つ高校二年生。
物や場所に残った記憶や感情を読み取り、ときに死者の夢や想いに引き込まれる特異体質を、父方の家系から受け継いでいる。
長身で中性的、運動神経がよく、幼い頃から護身術の道場に通っている。
冷静で強く見られがちだが、本当は他人の痛みを真正面から受け止めてしまう、不器用なほど優しい性格。
ビーのことをとても大切に想っているが、この時点ではまだその感情に明確な名前をつけられていない。
けれど彼女にだけはどうしようもなく弱い。
ビー(Bea)
Nの幼なじみで、日英ハーフの少女。
深いブロンドの髪と緑の瞳を持つ、穏やかでやわらかな雰囲気の美少女。
小学生の頃にイギリスから近所へ越してきた。
生まれつき身体が弱く、幼い頃は外出の機会も少なかったため、蛍を生で見るのはこの物語の夜が初めて。
怪異は見えないが、Nの危うさだけは誰よりも敏感に感じ取り、甘く寄り添いながら、ときに驚くほど強く踏み込んでくる。
Nにとって、唯一無二の“帰る場所”。
そして、まだ言葉にはしていないけれど、ずっとNへ特別な想いを向けている。
タクト
Nの同い年の従兄弟。
気さくで現実的、異常な出来事の中でも落ち着きを失わない頼れる存在。
Nの家系の事情や、彼女が“それ系”の体験をしてきたことを知る数少ない一人。
怪異そのものに対抗する力は持たないが、必要以上に騒がず、必要な時にだけちゃんと手を差し伸べる。
Nにとっては、日常側に踏みとどまるための大切な支え。
タケ
Nの祖母。
父方の女の中でも最も力が強く、勘も鋭い女性。
戦時中、親友・百合子を失った過去を抱え、その記憶の痛みから長いあいだ蛍を見ることができずにいた。
忘れていたのではなく、忘れなければ生き延びられなかった人。
それでも、Nを通して届いた百合子の想いによって、長い時間の向こうに取り残されていた約束へ、もう一度向き合っていく。
ユリコ
戦時中、東京から疎開してきた少女。
医師の父を持つ良家の娘で、聡明で上品、そしてよく笑う子。
慣れない土地で心細さを抱えながらも、祖母タケと心を通わせ、親友となる。
蛍の沢で「また来年、一緒に観ようね」と約束を交わすが、その未来は原爆によって奪われる。
それでも彼女の想いは消えず、長い年月を越えてNのもとへ届く。
スチュアート
ビーの父。英国文学者。
穏やかで誠実、紅茶と英国式ジョークを愛する、絵に描いたような英国紳士。
理性を重んじる研究者でありながら、説明のつかない現象にも頭ごなしな否定をしない懐の深さを持つ。
Nとビーの距離感にはしっかり気づいており、時々さりげなく、あるいはわざとらしく二人をからかうお茶目な面もある。