あらすじ
岡山県倉敷市、美観地区から一本入った路地裏。古い民家を改装した小さな餃子屋「ひとくち堂」は、座敷三つ、テーブル五つ、メニューは焼き餃子ただ一種の店だ。
店主の篠田蓮、二十八歳。大阪の商社を辞め、気づけば倉敷に流れ着いた。祖母直伝の餃子の作り方と、抜けきらない営業トークだけを武器に、この店を開いて三年。
蓮の餃子は小ぶりだ。一口で食べられる、けれどじゅわりと熱い。そしてアドバイスも、いつも「ひとくち分」だけ。答えを全部言わない。残りはお客さんが自分で噛み締める。それが蓮のやり方だった。
今夜も、のれんをくぐって誰かがやってくる。仕事に行き詰まった中年の男、故郷を遠く離れた若い女、言葉少なな常連のおじいさん。それぞれが抱えてきたものを、蓮は聞いてもいないのに半分くらい見抜いて、聞いてもいない話を勝手にし始める。
餃子が焼けるまでの、短い夜。答えは出なくても、皿の上はいつも熱かった。