あらすじ
時は幕末。倒幕の志を胸に京の街を駆けた女剣士がいた。
黒髪に切れ長の目。世もかくやという美貌と鍛え抜かれた肢体を持ちながら、ひとたび夜の京に出れば胸をサラシで巻き、顔を包帯で覆い、残酷無比に血刀を振るう人斬りとなる。名を霧島朱音。維新志士として新選組と幾度も剣を交え、ついぞ決着がつくことはなかった。そして彼女は、歴史のどこにも名前を残さないまま、闇に消えた。
――――転生先は、剣と魔法の異世界だった。
気づけば六歳の誕生日。蝋燭の火を見つめていたエルシア・フォン・クロイツェルの目が、ある瞬間を境に変わった。王国随一の武門貴族、クロイツェル公爵家の令嬢として生まれた体の中に、三十路の人斬りの魂が目を覚ます。
「……また、生まれたか」
それが、この世界での最初の言葉だった。ただし口から出たのは、令嬢らしく変換された「まあ、おはようございますわ」である。
前世と似ている。名前が違うだけで、構造は同じだ。
腐りかけた貴族社会。権力を握る宗教組織。そして、異質なものを排除しようとする世の理。魔力測定で「暗属性」と判定されたエルシアを待ち受けていたのは、数百年にわたって繰り返されてきたクロイツェル家の「呪い」だった。暗属性を持つ女は、必ず封印される。歴史がそう示していた。
消えてたまるか。前世でも消えた。もう一度は御免だ。
幕末仕込みの抜刀術「影抜き」。隙を生じない三段構え。消耗品と割り切った刀を何振りも携え、令嬢として完璧な笑顔を貼り付けながら、朱音は異世界を生き抜く。
「刀とは消耗品ですわ」
(内心:魂を折らなければ、刀はいくらでも替えがきく)
「まあ、お相手いたしますわ」
(内心:斬る)
口から出る言葉は全て公爵令嬢らしく変換される。しかし目だけは、幕末の京を生き延びた人斬りのままだ。
傍らには、エルシアを崇拝してやまない従女フィーナ。静かな敬意でその背を守る従僕セバスチャン。刀を消耗品と聞いて職人魂に火のついたドワーフの鍛冶師ゴルド。暗器を懐に忍ばせた戦闘メイドたち。そして言葉より雄弁な剣を持つ父と、笑顔の裏に鋼鉄の意志を隠す母。
前世では一人だった。今は違う。
守るべきものができた人斬りは、今日も三段構えで異世界を斬る。令嬢として、完璧な笑顔で。
これは、歴史に消えた魂が人間として生きることを選ぶまでの物語。