あらすじ
私は昔から、見たくないものが見える。
父方の家系にだけある厄介な体質のせいで、物に触れれば残された感情や記憶が流れ込み、ときには知らない誰かの視点で夢を見ることさえあった。
そんな私を昔から受け止めてくれたのは、幼なじみのビー。
日英ハーフの彼女は、傷ついた心を抱えながら日本へ戻ってきたばかりだった。
ある秋の日。
大学で英国文学者であるビーの父から、一人の女子学生の遺した和歌を見せられた瞬間、私は強烈な怨嗟に呑み込まれる。
亡くなったのは、黒髪の美しい院生・アイリ。
彼女の死の背後には、女子学生に異様な執着を向ける一人の男の影があった。
夢に現れる教室。
切り落とされる黒髪。
図書館で繰り返される歪んだ親密さ。
そして、死んだあともなお消えない怒りと悲しみ。
怪異の断片を拾い集めるうち、私はあるおぞましい真相へたどり着いていく。
これは、秋の灯に照らされた、ひどく恐ろしくて、少し甘い怪談。
そして、長い片想いがようやく名前を持つまでの物語。
登場人物
N(エヌ)
――“見えてしまう”体質のせいで、死者の感情に触れてしまう少女。
物に残った記憶や感情を読み取り、ときに他人の夢に引き込まれる特異体質を持つ大学生。
冷静で強く見えるが、その実、他人の痛みを真正面から受け止めてしまう不器用な優しさの持ち主。
「放っておけない」その性分が、彼女を怪異の中心へと引きずり込んでいく。
ビー
――彼女が壊れないように、現実へ引き戻し続ける“たった一人の存在”。
日英ハーフの幼なじみ。穏やかでやわらかな空気をまとう美しい女性。
怪異は見えないが、Nの危うさだけは誰よりも理解している。
甘く寄り添うようでいて、時に驚くほど強く踏み込んでくる――
Nにとって唯一の「帰る場所」。
カナ
――真相に最短距離で辿り着く、現実側の切り込み役。
新聞部のエース。軽口と行動力の塊。
だがその裏には、鋭すぎる観察眼と情報収集力を持つ。
“ただの噂”の裏に潜む共通点を見抜き、
怪異を現実へ引きずり出す。
スチュアート
――理性で説明できないものに、静かに手を伸ばした研究者。
英国文学者であり、ビーの父。
冷静で誠実な学者でありながら、ある異変をきっかけにNへ助けを求める。
信じるべきか、否か。
その境界に立ちながらも、目を逸らさない大人。
アイリ
――“なかったこと”にされたはずの声が、今も誰かを呼んでいる。
真面目で優秀だった女子学生。
その人生は、ある出来事を境に急速に歪んでいく。
彼女が遺したものは、言葉だけではなかった。
ウエノ教授
――優しさの顔をした“歪み”。
知的で穏やか、学生からの信頼も厚い古典文学の教授。
だが、その奥にあるものに気づいた時、すべての印象が反転する。
“何も知らないまま近づくと、戻れない。”
マリア&マリコ
――空気を読みすぎる観測者コンビ。
明るく賑やかな友人たち。
一見ただのムードメーカーだが、人間関係の“温度”には妙に敏感。
Nとビーの距離感に、誰より早く気づいている。
タクト
――“日常に引き戻す側”の人間。
Nの従兄弟。
気さくで頼れる存在で、現実側の安心を象徴する人物。
異常のなかでも「普通」を保ってくれる数少ない存在。
ハジメ・シュウジ・ユウタ
――何も知らないまま、確かに支えている側の人たち。
Nの幼なじみたち。
怪異とは無縁だが、彼らの存在がNを“こちら側”に繋ぎ止めている。
日常は、完全には壊れていない。
ポン酢
――すべてを台無しにする、最強の癒やし。
ビーの愛犬。
空気を読まず、遠慮もなく、すべてをぶち壊す。
けれどその無邪気さが、
何度も二人を救っている。