あらすじ
「名は記録に残します。しかし金は、新政府へ『繰入』です」
明治七年、横浜。
窓口で事務的に告げられたその一言が、鳥羽伏見で死んだ幕臣の妻から、最後の希望と支払われるはずだった給与を合法的に奪い去った。
新政府、政商、そして最強のセキュリティを誇る英国銀行。
彼らは密約を結び、幕府が遺した莫大な資金を「持ち主不明の整理金」へと帳簿上で書き換え、自分たちの懐へと吸い上げようとしていた。暴力ではなく、冷徹な会計処理によって維新の敗者たちを殺す、巨大なシステム。
その理不尽な手続きの列から、一人の男が前へ出る。
元・徳川家勘定方、片桐数馬。
「七年遅れの未払いを取り立てに来た」
傲慢な英国銀行の支配人・カニンガムは、時代遅れの侍を鼻で笑う。大英帝国の最新鋭ダイヤル金庫と、外交特権に守られた要塞を、未開の日本人に破れるはずがない、と。
ならば、答えは一つ。
物理的に破れないのなら、手続き(ルール)に乗っ取り、銀行側へ『自ら全てを差し出させる』こと。
数馬は、新時代に行き場を失った十人のスペシャリストを拾い上げる。
完璧な偽の高官を演じる元歌舞伎役者。英国の作法を偽造する礼法師範。海底ケーブルを物理的に乗っ取るからくり師。
狙うのは、金塊だけではない。奪われた金が「誰に払うはずだったものか」を証明する、黒い密約が記された『秘帳と契約控』。これを取り返さなければ、ただの強盗で終わってしまう。
偽装監査、電信のジャック、そしてVIPルームでの立会改封。
絶対的な権威に平伏す英国人支配人の傲慢さを逆手に取り、数馬たちは大英帝国のシステムそのものをハッキングしていく。
「奪うのではない。正しい勘定へ修正するのだ」
これは、敗者たちが止まった時間を動かし直すため、算盤と極上の詐欺で最強の銀行を精算する、痛快無比な取り立ての物語。