あらすじ
売れ始めて三年目の若手落語家・春風亭新吉は、その日も高座で大きな拍手を浴びる。客席は笑いに包まれ、出来としては申し分ない成功だった。
しかし楽屋に戻った新吉の胸には、拭いきれない違和感が残っていた。
それは、高座の終盤で“ウケを取りにいった”自分への嫌悪だった。本来の噺の流れを崩し、観客の笑いを優先してしまったことに、新吉は強い後悔を覚える。
周囲からは称賛されながらも、自分の中では「これは自分の噺ではない」と感じてしまう。成功したはずの高座が、どこか“負け”のように思えてならない。
帰り道、誰もいない路地裏で、新吉はこらえきれず涙を流す。
拍手の裏側で初めて気づいたのは、「笑いを取りにいく」のではなく、「滲み出るものこそが本当の笑いだ」という師匠の言葉の重みだった。
葛藤と悔しさを胸に、新吉はそれでも翌日の高座へ向かう決意をする。
――次は、逃げない。
これは、一人の落語家が「本当の笑い」とは何かを探し始める、その第一歩の物語である。