あらすじ
上流が決め、下流が沈む。
巨大な治水都市で、ビーバーたちは“河川維持技能個体”として働かされていた。狭い水路の補修、仮設堰の仕上げ、重機の入らない場所の最終調整――川を止める最後の仕事は、いつも彼らの歯に押しつけられる。賃金は現金ではなく、酒札と配給煙草。歯を壊せば配置転換、配置転換がなければ事故死。そうして下流には、いつも説明のつく死だけが流れ着く。
かつて“流れを読む天才”と呼ばれたビーバーのロウも、そのひとりだった。
3年前、第九旧水門で起きた夜間放流事故で恋人ミヨを失って以来、現場を捨て、下流の酒場で死んだように生きていたはずだった。
だがある朝、取水格子に引っかかった若い労働者の死体の腹から、濡れた給与明細、吸い殻、酒札、そして折られたビーバーの前歯が見つかる。さらに川向こうには、3年前に死んだはずのミヨのシルエットが立っていた。
その影を追って封鎖された旧水門へ足を踏み入れたロウが見たのは、失踪した労働者たちの名札、保管された“再配置待機個体”、そして――
3年前に死んだはずの、自分自身の死体だった。
この街では、死は終わりじゃない。
労働者は死んだあとも回収され、記憶を整列され、再び街の部品として使われる。
そしてロウ自身もまた、“すでに死んでいる個体”として記録されていた。
自分は何者なのか。
ミヨは本当にミヨなのか。
第九旧水門の向こうで、誰が死者を働かせているのか。
酒、煙草、配給、格差、隠蔽、再生。
濁った川の底でつながる無数の死の先に、ロウはこの都市そのものを揺るがす秘密へたどり着いていく。
これは、死んだあとも働かされる街で、
自分の死の真相を追う一匹のビーバーの物語。