あらすじ
夢へ踏み出せない少女、工場を畳んだ職人の父、親の期待に縛られた優等生——街の小さな代書屋に今日も誰かが駆け込んでくる。
店主・朱野音九が紡ぐ書類は、法的な効力を持たなくとも、彼らの次の一歩になっていく。
しかし他人の背中を押し続ける音九自身もまた、三年間ずっと動けないままでいた。
柿興(かきおこし)市の古いビルの二階にある「代書屋いんく」。
黒いリクルートスーツに身を包んだ店主・朱野音九(あかの いんく)は、恩師から譲り受けた古い万年筆で、訪れる人々の悩みを「書類」という形にして解決に導いていく。
夢へ踏み出せない少女のための「契約書」。
工場を畳んだ職人の父が再起するための「申請書」。
親の期待に縛られた優等生が、自分自身に授与する「卒業証書」。
音九が紡ぐ言葉は、時に法的な効力を持たなくとも、彼らのお守りとなり、次の一歩を踏み出すための力となっていく。
しかし、他人の背中を的確に押す音九自身もまた、恩師に対して「言えなかった嘘」という重い後悔を抱えたまま、三年間一歩も動けずにいた――。
花屋の娘、役者志望のムードメーカー、郵便局員の女子大生など、個性豊かで温かい仲間たちと共に織りなす、優しくて少し泣けるお仕事連作短編。