あらすじ
「……すまない」
そう声をかけながら、
俺は新聞を畳み、彼女の背後へ一歩詰めた。
その瞬間、
小さな肩がびくりと跳ねる。
――しまった。
驚かせてしまったらしい。
「……いえ!」
反射のような返事。
硬く、冷たい。
さすがに胸が痛む。
十五歳年下の、美しい妻。
社内では評判も悪くない。
だが――俺からの評価だけは、地の底だ。
……いい加減にしてくれ。
そう言いたい。
言えないのが、いちばん辛い。
「無理をする必要はない。実家に戻ってもいい」
「はい。食事を作ったら、帰ります」
これだ。
夫と会話するときくらい、
どうして顔を見てくれない?
嫌っているにしても、あまりに距離が遠い。
――君を、知りたいと思った時期もあった。
いや。
正確には、知れると思っていた。
あれは幻想だったのか。
思わず肩を掴み、強引に振り向かせる。
「……っ」
ふらついた彼女の手には、包丁。
刃先が、俺の袖をかすめた。
「あ……!」
視線が絡んだ瞬間、
世界が止まった。
壊れそうなほど儚い表情。
見開かれた瞳から、
ぽろりと、一粒の涙が落ちる。
怯えているはずなのに、
唇はかすかに震えながら、
どこか憧れるように、真っ直ぐ俺を見つめていた。
――まずい。
鼓動が、嵐のように荒れ出す。
これが、君の本当の顔か?
……キスを、待っている。
そうとしか、思えなかった。
頼むから。
そんな顔で、俺を見るな。
期待させるな。
理性が、もたない。