あらすじ
かつて、この世界の全てを知る者がいた。
過去も未来も、星の運行も、人の心の機微も。
知ろうと思う前に、既に知っていた。
全てを見渡し、全てを御し、全てであり続けた一万年。
完璧だった。
ただ——それだけだった。
「まったく、えらい目に遭うたわ」
気がつけばわしは、魔力ゼロの赤子として地上に落ちておった。
天界での諍いで力を散らばせ、
気づいたら人間に転生していたというわけじゃ。
とはいえ悲観はしておらん。
一万年ぶりの飯は旨いし、風は気持ちいいし、
人間というのはなかなかどうして面白い生き物じゃ。
しばらくのんびり暮らすとするか——そう思っておったのじゃがな。
何やら、隣におる者が魔王に目をつけられたらしい。
「……仕方ない、か」
どうやら、たまには本気を出さねばいかんようじゃ。
厄介なことに、わしの力は「人間らしく生きる」ことでしか取り戻せん。
一万年、上から眺めるだけだった感情とやらが
——よりによって、鍵になっておるのじゃ。
まったく、皮肉なものじゃな。
とはいえ、のんびり暮らしを手放すつもりもない。
力は隠す。目立たん。ただ、大切なものだけは、守る。
それだけで十分じゃろう。