あらすじ
量子コンピュータの実験中、虚部の値に素数列が現れた。
2, 3, 5, 7, 11, 13——。
桐生奏はそのノイズの中に秩序を見た。誰かが、次元の向こうから話しかけている。言葉は届かない。身体もない。物理法則すら共有していない。ただ数式だけが、実数の世界と虚数の世界を繋いでいた。
奏はその知性を「イマジン」と呼んだ。交信を重ねるうちに、知的な交換は感情を帯び始める。オイラーの等式を送った夜、返ってきた応答は——感嘆としか呼びようのない振動だった。
だが代償があった。イマジンに近づくほど、奏の認知が変わっていく。三次元空間が窮屈になり、日本語の文法が溶け、夢の世界のほうが「正確」に感じられる。人間であることの輪郭が、数式に浸食されていく。
すべてを持ちながら奏に届かない同僚。
訳せない言葉と格闘する翻訳家の妹。
かつて同じ現象に触れ、同僚を失った老物理学者。
最後の交信で、奏はイマジンに問いかけた。未完成の方程式を。「あなたが決めて」と。
返ってきた答えは——。