あらすじ
夜会のたびに、婚約者との距離が少しずつ開いていく。
侯爵家次男アルノルド・フェルゼンの婚約者リディアは、三年のあいだ彼のために花を選び、言葉を整え、静かに尽くしてきた。
けれど、その努力はいつしか“あって当然”のものになり、彼の視線は明るく華やかな伯爵令嬢へと移っていた。
――捨てられるのを待つのは、もう嫌。泣いてやるものか。
そう決めたリディアは、父の弟であるリハルト叔父を頼り、王都を離れてカーデン辺境伯領へ向かう。
そこは、豪奢ではないけれど、必要なものが必要な場所にだけある土地だった。
言葉は少なくても、置くべきものを黙って置いてくれる人たちがいるあたたかい場所だった。
そして出会ったのは、氷みたいな顔をした若き領主ヴィルヘルム。
冷たい人かと思った彼は、けれど値踏みをしない目でリディアを見て、言葉の代わりに静かな気遣いを不器用に置いていく。
王都では笑われたリディアの地味な力に対して、「助かった」と淡々と言ってくれる人。
朝の台所で、少しずつ卵を上手に割れるようになっていく人。
言葉にしないまま、あたたかい朝食を差し出してくれる人。
そんな穏やかな日々の中で、リディアは少しずつ知っていく。
自分をすり減らす恋ではなく、自分のままでいていい場所があることを。
けれどその頃、王都では少しずつ綻びが生まれ始めていた。
そして今さら届く、「王都へ戻れ」というあまりにも遅すぎる言葉。
――ですが、こちらの朝食の方がずっと美味しいので、丁重にお断りさせていただきます。
これは、見落とされていた令嬢が、
冷えた白ワインのような酸味のある三年を終えて、
あたたかくて美味しすぎる朝食と一緒に、自分の幸せを選び直す物語。