あらすじ
魔法の強さが、その人間の価値を決める世界がある。
貴族の娘として生まれたルネには、しかし、魔力がなかった。計測不能——つまりゼロ。「欠陥品」の烙印を押された彼女は十歳のとき、家族に忘れられるようにして、誰も訪れない北の離宮へと追放された。
それから七年間。
ルネはひとりで、捨てられた硝子の器具を磨き、名も知らない庭の草花を摘んで、誰にも頼まれていない何かを作り続けてきた。
彼女にできることは、ひとつだけある。
*人の感情が、匂いとして届く。*
怒りは焦げた鉄。悲しみは古い雨水。そして、誰かが抱えている秘密は——甘いのにどこか尖った、誰にも言えない決意の香り。その感覚を頼りに、ルネはひとつの問いに向き合ってきた。
「魔法では届かない場所に、香りは届くだろうか」
ある日、一人の男が離宮に運び込まれてくる。冷徹な氷の目を持つ第二王子は、長年、誰にも打ち明けられない「苦しみ」を抱えていた。彼の周囲に渦巻く匂いを、ルネだけが読み取った。
彼女はためらいながら、小さな硝子瓶のコルクを外す。
「嵐の後の、静かな森の匂いか——」
その出会いが、ルネの七年間を世界へと開いていく扉になる。
魔力のない少女が、なぜ誰も癒やせなかった傷を癒やせるのか。
香りに、どうして心が動かされるのか。
そして、「価値のないもの」と呼ばれ続けた人間が、世界に何を証明できるのか。
これは、欠けているとされた少女が、その「欠けた部分」でこそ世界を満たしていく物語。