あらすじ
孵化から十日目。
稚魚の命を左右する繊細な作業の最中、東町のもとに一本の電話が入る。
海外でフグを採集したいという教授の指導を頼みたい——そんな依頼だった。
準備不足のまま海外へ向かおうとする教授に、東町は違和感を覚える。
特に、教授が探そうとしている Fluviatilis は、そもそもボルネオ島にはいない。
古い論文の誤記を信じたまま、教授は“存在しない魚”を求めて海へ向かう。
助言は届かず、忠告は水面に触れる前に消えていく。
三度の採集の末、教授が持ち帰ったのは泥と別種のフグだけだった。
水槽の前で稚魚に餌を落としながら、東町は静かに思う。
命は、正確な一手でしか守れない。
背後の机には、かつて教授に「おもちゃ」と笑われた本が、静かに開かれていた。