あらすじ
在宅勤務の主人公は、毎日の散歩を習慣とし、手帳に道筋や感覚を几帳面に記録する。散歩が一日の「証明」であり、数年前に同僚の勧めで始めた習慣だ。ルートは商店街、川沿い、住宅地を巡る決まった道で、季節の微妙な変化を楽しむ。
この街に伝わる噂がある。他人の「やりたかったこと」を、散歩中に体が勝手に代行してしまうのだ。主人公は無関係だと思っていたが、ある火曜、商店街の古本屋前で足が止まり、知らない旅行記を買っていた。翌日、花屋で白い花を。三日後、公園のベンチで一時間空を見上げ、路地裏の古いビルを見上げる。四つの予定外行動が、手帳に並ぶ。
記録を照合すると、それらは一人の亡魂の人生断片だった。店主たちの話で判明する。旅行好きの編集者で、山の本を探し、毎週白い花を買い、公園で空を眺め、かつて働いたビルに縁があった人物だ。主人公の体が、そのやり残しを果たしていた。
衝撃の中、自己の意志を疑う。散歩自体が同僚由来か。手帳記録も他者か。ルートを変えても、新たな喫茶店でコーヒーを飲み、路面電車を眺める代行が起きる。代行は体に宿り、終わると次が始まる仕組みだと悟る。
家に戻る直前、ドアノブに手をかけるが、踵を返す。自分の一歩か、他人の歩みか、区別つかぬまま、それでも歩き出す。