あらすじ
高校三年間、一度も言葉を交わせなかった「彼」と「彼女」。二人の会話は、廊下ですれ違うたびに同時にうつむく、無言の確認だけだった。卒業後、ワンコールの電話が往復するだけの春休みを経て、ある夜、二人は初めて声を交わす。お互いが覚えていた三年間の記憶を語り合ううちに、二人は奇妙な夢の世界へと迷い込んでいく。
彼の夢では壊れた玩具の川に流され、言葉を武器にする狼や、感情は整理できないと告げるフクロウに糾弾される。彼女の夢では選べないサイコロが跳ねる湖を歩き、クレヨンが口紅に変わる通廊で、翼があるのに飛ばないオウムの甘い言葉にさらされる。二人はそれぞれの夢の中で、言葉にできなかった三年間と向き合う。
やがて彼は、夢の中で初めて「整理する前に動く」。矜持という名の鷹の爪を振りほどき、届くはずのない距離から落下しながら手を伸ばす。空中で目が合った瞬間、二人を隔てていた沈黙の壁が薄く割れる。
受話器を持ったまま立っている二人。先に口を開いたのは彼女だった。「覚えてる?」——何についての話なのか、言わなかった。言わなくても、「……うん」。それだけで、三年分が届いた。