あらすじ
1990年代中盤、東京の下町。
高校二年生の津田総一郎は、通学路から少し外れた喫茶店「out a time」に通うのが日課だった。レコードの音とコーヒーの香りに満ちたその場所で、彼は同級生の小川光希と、読書や映画の話を交わす。苦味の強いコーヒーを好み、曖昧なものを嫌う光希と、言葉にしきれないものを抱えたまま世界を見ている総一郎。二人の時間は、静かに、しかし確かに続いていた。
そこに現れたのが、転校生の少女ルリだった。
どこか現実から浮いたような佇まいと、物事を“理解”しようとする奇妙に正確な言葉遣い。彼女はコーヒーを「嗜好品」として分析し、その味を“再現”しようとする。しかし、再現できないものに対する違和感は、やがて光希との間に微妙な軋みを生み出していく。
同じ頃、総一郎の周囲では、わずかな“ずれ”が起こり始める。
夜の空を横切る説明のつかない光。読めるはずなのに意味が入ってこない広告。確かに存在したはずの出来事が、記憶の中で曖昧に消えていく感覚。
それはまだ、誰も気づかないほど小さな異変だった。
けれど確実に、日常の輪郭を侵食し始めていた。
やがて彼らは知ることになる。
その“ずれ”が、日常そのものを崩しかねないものであることを。
そして——
守るべきものが何かを、初めて理解する。
それは、たった一杯のコーヒーから始まる物語。