あらすじ
「代わりはいくらでもいる」──その言葉を、イルゼは二十年間、毎日のように聞かされてきた。
ヴァルシュタイン公爵家に嫁いだ日から、イルゼに与えられたのは妻の座ではなく、無給の秘書という役割だった。屋敷の管理、領地の会計、使用人の采配。そのすべてを担いながら、夫ゲオルクからは一度も感謝されることがない。それどころか、彼の愛人が屋敷に出入りし、イルゼの居室は年々狭くなっていく。
だがイルゼには秘密があった。屋敷の壁、庭園、調度品──そのすべてを美しく保っていたのは、イルゼが密かに施していた維持術式という魔法だった。
ある日、イルゼは屋敷を出る決意をする。きっかけは些細なこと。夫が言った「お前の代わりなど、街で三人は見つかる」という言葉だった。
翌日。イルゼの魔法が途切れた屋敷は、文字通りボロ屋と化す。壁は罅割れ、庭は荒れ、銀食器は錆びつく。王宮への報告書は届かず、領地経営は即座に停滞する。
混乱の中でイルゼを見出したのは、王宮監査官の青年カスパル。冷徹な監査の裏に誠実さを隠す彼は、イルゼの能力を正当に評価する最初の人物となる。
献身を搾取と呼ばれた女が、自分の価値を証明していく。