あらすじ
鍛冶屋から一歩も出ないまま、国を救ってしまう男がいる。
辺境ヴァルムーア王国の片隅に、ある日ひとつの小さな鍛冶屋が開いた。
店先の看板には、こう書かれている——
「炉は問わない。お前が何者かを。」
店主の名はアルダー。
寡黙で、愛想もなく、自分の身の上を語ることもない。
ただ頼まれた物を、頼まれた通りに、黙って打つだけの男。
その店を訪れるのは、どこか訳ありの客ばかり。
素性の知れぬ、風のような若者。
酒に身を沈めた、老いた騎士。
怯えた瞳の、人目を避ける少女。
やけに陽気な、流れ者の旅人。
料理大好き、巨漢のオーク——
彼らが置いていくのは、どれもささやかな、他愛のない注文ばかり。
だが、そのひとつひとつが——
いま王国の裏で静かに進む幾つもの陰謀を、
誰にも気づかれぬまま、少しずつ解いていく。
アルダーは、店を出ない。
客の身の上を詮索することも、世の中の噂に口を挟むこともない。
ただ炉に火を入れ、鉄を打ち、求められた物を渡すだけ。
これは——
槌の音だけが絶えない辺境の小さな鍛冶場を舞台に、
訪れる客たちの語りを通して、少しずつ姿をあらわしていく、
ひとつの国の危機と、その救いの、静かな年代記。
炉は今日も、何も知らぬ顔で燃えている。