あらすじ

『「今回だけ我慢してくれ」と言われ続けたので、その回数を数えておりました』』

今回だけ、という言葉は
不思議なくらい軽くて

まるで今日の雨は
すぐに止みますよ、とでも言うように
あなたの口から零れていました

でも
降りやまない雨があることを
わたくしは知っております

待ち合わせの時間
選ばれなかった贈り物
空いたままの隣の席
祝福の場に届かなかった足音

そのたびにあなたは言うのです

今回だけ
どうか我慢してくれ

その“今回”が
いくつあったか
あなたは覚えていないのでしょうね

だから、わたくしが覚えておりました

一度目は
まだ信じておりました

二度目は
偶然だと思おうといたしました

三度目には
少しだけ、胸が冷えました

それでも
四度、五度、六度と重なるうちに
悲しみは涙ではなく
文字になっていきました

日付を記し
理由を記し
あなたが誰のために
何を後回しにしたのかを記す

それは恨みではなく
確認でした

わたくしが失ったものを
曖昧なままにしないための

思いやりとは
片方だけが耐え続けることではございません

優しさとは
いつも同じ者に我慢を押しつけるための
便利な言葉ではございません

あなたはきっと
わたくしを理解ある婚約者だと
思っていらしたのでしょう

ええ
理解しておりましたとも

あなたが
わたくしを最後にする方だということを

帳面の頁は
静かに増えていきました

怒声もなく
泣き言もなく
ただ、淡々と

積み重なったのは
我慢ではなく
見限るために十分な事実でした

そして最後の“今回だけ”が
零れたあの日

わたくしはようやく知ったのです

数えることは
執着ではなく
自分を守ることだったのだと

だから、もう結構です

二十七回目のお願いを最後に
わたくしは帳面を閉じました

そこに記されていたのは
あなたへの未練ではなく
わたくしの尊厳でした

もう
今回だけ、は要りません

これから数えるのは
失った回数ではなく

わたくしが
わたくしのために選ぶ
新しい日々のほうです

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アルファポリス
アルファポリス2026/04/18
  • 現在の作品『「今回だけ我慢してくれ」と言われ続けたので、その回数を数えておりました』