あらすじ
『桃太郎202X:静かなる回収』
夜明け前、
都市はまだ名を持たない光の中で息をしている。
窓に触れた指先が、
かすかな冷たさを覚える。
拾ってしまったのだ。
甘くはない桃を。
切り開けば、
そこにあったのは果肉ではなく、
消されかけた記録、
言い直され続けた歴史、
沈黙の上に積み重なった正当性だった。
「……見なかったことにはできない」
その言葉は、
誰に向けたものでもなく、
ただ自分の奥に落ちる。
呼びかければ、
応える声がある。
地を走る者、
空を裂く者、
見えない線を操る者。
それぞれが別の場所で生きながら、
同じ一点に引き寄せられてくる。
与えられるのは、
甘い団子ではなく、
思考を研ぎ澄ます微細な粒子。
飲み込めば、
迷いが消えるのではない。
迷いを、そのまま見つめられるようになる。
まず、撃たない。
光を放つ。
隠されていたものを、
ただ並べる。
夜の海、
燃える家、
帰らなかった声。
それだけで、
世界はわずかに傾く。
次に、奪わない。
閉じる。
流れていたものを、
元の場所へ戻すために。
数字が凍り、
見えない川が止まる。
静けさの中で、
崩れる音だけが遅れて届く。
最後に、壊さない。
削る。
必要なものだけを残して。
白い大地に、
音のない光が落ちる。
防ぐためではなく、
終わらせるための軌跡。
「押してみろ」
そう言われたボタンは、
すでに空だった。
怒りは届かず、
命令は返らず、
ただ、空白だけが広がる。
旗が下りる。
誰も歓声を上げない。
ただ見ている。
記録として。
忘れないための形として。
戻ってくる人がいる。
しかし、
同じではない。
風が変わっている。
土の匂いが、少しだけ違う。
それでも、
足を置く場所はそこにある。
「回収しただけだ」
その言葉は、
勝利の音を持たない。
ただ、静かに残る。
画面が閉じる。
光が消え、
最後に一行だけが浮かぶ。
回収完了。
それは終わりではなく、
これ以上触れないという選択だった。