あらすじ

あの夜のことは、今でも正確に思い出せる。 カウンターに並ぶボトルの琥珀色、グラスを磨く自分の手の動き、BGMさえ静かに聞こえる店内。客が途切れた深夜、マスターはふいに口を開いた。まるで、ずっとそこに溜めておいた言葉が、ある一定の重さを超えてこぼれ落ちたように。 「アメリカにいたころ、一人、妙な男と知り合ってね」 Kというその男のことを、私はこの手記に記しておきたいと思う。コーカサス出身。幼少期の記録はほとんど存在しない。ただ確かなのは、彼がある時点でアメリカ海軍に身を置き、やがてDEVGRU——対テロ特殊作戦の頂点に位置するその部隊——に選抜されたという事実だ。 マスターが語ったKは、英雄でも怪物でもなかった。むしろ静かな男だった。人を笑わせることが上手く、バーボンより地元の安ワインを好み、任務のことを自分から話すことは決してなかった。 それが一度だけ、崩れた。 ある極秘任務の最中、Kはテロリストの拠点で「あってはならないもの」を目にした。マスターはその中身を、最後まで明かさなかった。ただ一言だけ言った。 「あいつが怖かったのは、銃じゃなかった。見てしまったことで、自分が何かの台帳に載った気がした、って」 私はグラスを拭く手を止めてしまった。その言葉の意味を、今もまだ咀嚼している。 Kはその後、軍を去った。理由は記録されていない。

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カクヨム
カクヨム2026/04/14
  • 現在の作品私がバーで聞いた、トンデモ話。