あらすじ
その記憶、お引き取りいたします。――骨董商・伏木一が扱う商品は、壺でも皿でもない。色褪せた日記、書きかけの手帳、誰にも読まれなかった告白文。彼が求めるのは、忘れられ、埋もれたままになっている人の記憶だ。
名門大学に籍を置きながら古日記屋を名乗り、許可証を片手に田舎を渡り歩く青年。人当たりはいいが、どこか隙のない目をしている。感情というものの名前が、彼にはいつもうまく分からない。祖父を亡くした時、一度だけ泣いた。なぜ泣いたのかは、今でも分からないまま。
ある初夏。村を訪れた一は、警官から奇妙な話を持ちかけられる。三年前、森で少年が消えた。神隠しの森と呼ばれる、黒い森の奥で。捜索は早々に打ち切られ、事件はひっそりと村の記憶から消えていった。
宿を求めて彷徨う一を家に招き入れたのは、線の細い、影を帯びた綺麗な女性だった。彼女の息子が、一の前に立つ。
塔野美優。十五歳。
アーモンドのように見開いた瞳に、強烈な光を宿した美少年。
消えたのは、彼の双子の弟だ。弟が消えたのは自分のせいだ。ずっとそう思ってきた。弟を探し続け、復讐のため武術の腕を磨き、孤独を埋めるため何百冊ものノートを積み上げ、今また母まで失うかもしれないと恐れている。
感情の名前が分からない青年と、鋭い感性と愛に溢れた少年の邂逅。
正反対のふたりが、隠された記憶の謎へと踏み込んでいく。
森の向こうに建つ屋敷、病に沈む名士。庭を埋め尽くす黄色い薬草、そして、水面に浮かぶ一枚の花弁。神隠しとは何だったのか?やがて全てが繋がるとき、沈んでいた記憶が浮かび上がる。
しかし、これは推理小説ではない。その形式をとった、人間の物語だ。
歪んだ孤独を抱えた者たちが、歪んだままで、それでも傍にいようとする。
傷つき、傷つけ返すかもしれない。
それでもその手を、放すことができない。
……骨董屋の棚に並ぶのは、値のつけられなかった物語たち。
引き取られるのを待っていた、忘れられた記憶たち。
「与えられたものを受け取って、維持する。それだけでいい。」
それでも救いは残る――深く愛すれば、なおさらだ。