あらすじ
「俺、杜甫に会ったことあるんだぜ」
酔いが回る度にそんな発言をする望を見てある者はうんざりした目で、ある者は面白そうにする。
同僚にしつこいと思われているのはわかっている。でも、いつも止められないのだ。
いつの間にか周囲に人がいなくなった頃、片手に持ったビールを啜りながら望はあの頃を思い出す。何者かになれると信じて疑うことなく、毎日のようにビールを飲んでいたあの頃を。
望は大学時代、4人でバンドを組んでいた。
意見を出していつも4人を導く雅也。
ゆったりとした雰囲気で場を和ませる隼人。
意志を言葉にして4人をまとめてくれる亮。
そして強い想いで前に突き進む望。
全く性格の違う4人はバンドを通じて仲間として絆を培っていた。
練習して、ビールを飲んで授業を飛ぶ。青春を消費するかのように毎日を過ごす4人は決して違えることのない最高の仲間と信じて疑っていなかった。
だが、時間と現実はそれを許さなかった。少しずつ迫る終わりと近づく将来。そして、訪れる不運は4人のすれ違いを決定的なものにした。
自分たちは何者でもない。そんな現実を突きつけられた望は逃げるように駆け出した。仲間を置いて、無我夢中で。
たどり着いた場所は雄大な自然の中だった。
その場所がどこか気が付いたとき、望はいつからか自分のことしか考えていなくなっていたことに気がつく。
途方に暮れる望の前に仙人を彷彿とさせる謎の老人が現れる。
「国破れて山河あり」
不思議なことを呟いた老人は望にをどこかへ導くようだった。感情が溢れ出し、いつのまにか老人がいなくなった頃、望は前に歩き出していた。
きっとその彼は杜甫だったのだろう。
何度も後悔し悶えたあの日々をこうやって思い出せるようになった分だけ自分は大人になったのだろうか。
そんなことを考えながら望は再び飲みの席に戻るのだった。