あらすじ
平安の世、養和の大飢饉を終わらせるため、自らを神に捧げた巫女・稲穂姫の物語——それが稲葉伝説である。
博物館のショーケースに静かに佇む一本の笄。
その細く鋭い姿を見た瞬間、私は詠み人知らずの古い和歌を思い出した。「願へども こうがい刺さじ 蛤よ 貝合わせども 君はおわせじ」
笄と蛤。
恋の歌に同居するにはあまりにも不自然な二つの言葉が、ここでは痛いほど必然となる。
なぜならば、それは言葉にできない想いを、ただ物に託して交わした祈りであった。
伝説の裏側に、誰にも知られず息づいていた、美しくも儚く散ってゆく恋物語が、今、静かに紐解かれる。