あらすじ
早朝、午前五時三十分。
杖を突き、力強く街を歩く高梨詩織。
穏やかに散歩を楽しむ人々の中で、彼女の姿はその光景に馴染んでいない。
彼女はかつて、介護現場の最前線を担うプロフェッショナルだった。
しかし、コロナ禍という極限状態の現場で起きた「ある事故」が、彼女の運命を一変させる。
一人の利用者を守るために、彼女がその瞬間に差し出したもの。
それは、代えのきかない自らの身体だった。
重なる負傷、感覚が麻痺していく脚、終わりの見えない痛みとの戦い。
「普通に歩く」という、かつて当たり前だった奇跡が、彼女の手の届かない場所へと遠ざかっていく。
傷だらけの身体と心を抱えた彼女が、『散歩』の休憩場所として選んだのは、二十四時間営業のコインランドリーだった。
無機質な機械音、水筒の冷たい水、そして早朝の静寂。
なぜ彼女は、そこまでして歩こうとするのか。
一歩を踏み出すたびに未来を削り出していく先に、彼女は何を見ようとしているのか。
これは、誰かのために生きてきた一人の女性が、再び「自分の足」で未来へ踏み出すための、静かな情熱を秘めた記録。
一歩、また一歩。
人が歩くという事には、それぞれの理由がある――。