あらすじ
蓮の指先が、キーボードの底に触れるたび、視界に「火花」が散った。
もはや、モニターを見ていない。流れてくるテキストデータは、網膜を通り越して直接、延髄を叩いている。
「あ」という文字が来れば、左手小指の付け根が青く燃える。「り」が来れば、右手の中指が鐘の音を鳴らす。
桐生がかつて言った「思考を介在させるな」という言葉の意味を、蓮は骨髄で理解していた。脳が「認識」してから「命令」を出すのではない。文字そのものが指を引き寄せ、キーを叩かせているのだ。
「……速すぎる」
観客席で、一条のコーチが戦慄して立ち上がった。
蓮の打鍵速度は、分間1400文字に達していた。これは物理的なキースイッチの戻り(リセット)速度を上回る。蓮は、キーが戻り切る前に次の入力を判定させる「高速チャタリング制御」を、自らの指の「引き」だけでコントロールしていた。
指先からは、摩擦熱で焦げたような匂いが漂う。
蓮の意識は、肉体を離れ、0と1の電子の海を泳いでいた。
そこには、音も、重力も、過去も、未来もない。
ただ、次に打つべき「一文字」という光の粒子だけが、無限に続く道を照らしていた。