あらすじ
「簡単な仕事などない」――そう知っている男が、また別の現場へ送られる。
警備会社で書類責任と現場責任を背負い込み、限界の末に退職した中谷秀樹は、駅勤務を経て、鉄道会社の介護系子会社「送迎介助課」へ配置される。
そこには、白い電話、赤い電話、通告券、点呼、無線、そして要塞のような指令室があった。
一見すれば整然とした職場。だが実際には、言葉ひとつ、判断ひとつ、私情ひとつで、越えてはいけない線が揺らぎ続けている。
「素直でかわいい」という善意の言葉が誰かを傷つけることもある。
煽り運転ひとつで、送迎車内の均衡が壊れかけることもある。
それでも現場は、何事もなかったように次の便を出そうとする。
本作が描くのは、派手な事件の解決ではない。
起きなかった事故、越えなかった一線、その場では収まってしまった出来事の中に残る、判断の重さである。
これは、配置される側にいた男の移動記録であり、同時に、軽々しく言葉を置けない職場の記録でもある。