あらすじ
神保町の古書店で、同じ本に手が伸びた。それだけのことだった——はずだった。
編集者の城島朔(32)は、本棚を歩くために本屋に通う男だ。何かを求めているわけではない。ただ、そこにいると呼吸ができる。そういう人間だった。
フリーランスのイラストレーター・藤木透子も、同じ書房に通っていた。言葉を確かめてから出す人で、「わかります」という言葉を、本当にわかっているときにしか使わない人だった。
本の貸し借りから始まり、LINEで感想を送り合うようになり、古書店を一緒に巡るようになった。触れそうで触れない距離が続いた。二人ともそれを急がなかった——急げない理由が、それぞれの内側にあって。
言葉にすると固まる。固まったものは、もう変えられない。だから怖い。
でも、怖がったまま何も言わないでいることは、それとは別の意味でひどいことだ、と透子はある夜に気づく。
派手な告白も、劇的な和解も、ない。ただ、二人が「そばにいること」をゆっくりと選び取っていく、静かな一年間の話