あらすじ
「……悪い。君が誰だったか、もう思い出せないんだ」
立ち上る土煙の向こう側。
俺の足元で泣き崩れている少女を、俺は冷めた目で見下ろしていた。
つい数秒前まで、俺は彼女を守るために命を懸けていたはずだった。
だが、その『命を懸ける理由』を、俺はたった今、魔法の弾丸として撃ち出してしまった。
この世界において、魔法とは「マナ」で放つものではない。
人が一生の間に積み上げてきた「記憶」を燃料(マナ)として燃やし、奇跡へと変換する行為だ。
俺が放った一撃は、追手の追撃を完全に断ち切った。
その代償として支払ったのは、彼女と過ごした「出会いから今日までの三日間」の記憶。
俺の脳裏には、昨日彼女と何を食べたか、どんな約束をしたのか、何一つ残っていない。
ただ、右手のひらに残る、引き金を引いた時の熱い残滓だけが、俺が何かを成し遂げたことを証明していた。
「……ひどいです、ゼノさん」
少女――ステラが、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、震える指で一冊の手帳を差し出してきた。
「三回目です。これで、あなたが私を忘れたのは、三回目です」
俺は黙って手帳を受け取る。
そこには、俺自身の筆跡で、震えるような文字が書き殴られていた。
『三月十四日。俺は、この少女――ステラを守ると決めた。
たとえ、彼女の顔を忘れても。彼女の声を忘れても。
俺の魂が、彼女を救えと叫んでいる間は』
「……そうか。俺が書いたのか、これ」
「はい。あなたが、私に預けたんです。自分が空っぽになってもいいようにって」
俺は深くため息をつき、腰に下げた魔導銃のシリンダーを確認する。
弾丸はあと数発。俺の中に残っている大切な記憶も、あとわずか。
「……いいだろう。とりあえず、もう一度教えてくれ。君の名前を」
「ステラです。……何度だって、教えますから」
失えば失うほど、俺は強くなる。
だが、強くなるたびに、俺は俺でなくなっていく。
これが、世界で唯一「忘却」を力に変える魔導師、俺の戦い方だ。