あらすじ
私が婚約破棄されたのは、春の舞踏会の夜だった。
シャンデリアの光の下で、王太子は私の名を呼び、一言だけ言った。
「リーネ・フォルトナー。君との婚約は、今日をもって無かったことにする」
周囲が静まり返った。
私の指先が冷たくなる。
それだけが、その夜、私の体が示した唯一の反応だった。
王太子の隣には、義妹のエルヴィラが立っていた。
瞳を潤ませて、私を見上げている。
その目は「お姉様、お気の毒に」と言っていたが、口元が微かにゆるんでいた。
(……ああ、やっぱりそういうことか)
気づいていた。
半年前から、王太子の態度が変わっていたことも。
エルヴィラが社交界で「姉の話」をするときの、あの微妙な間の取り方も。
だから私は、泣かなかった。
背筋を伸ばして、一礼した。
「承知いたしました」
それだけ言って、私は舞踏会場を出た。
丸くなった背中に、誰かの囊き声が当たった気がした。
振り返らなかった。