あらすじ

私の指は、花びらより先に数字を覚えた。 五歳の冬、養父の膝の上で帳面の数字をなぞったのが最初の記憶だ。いや、正確には最初ではない。もっと前の記憶がある。蛍光灯の白い光、液晶画面に並ぶ数列、指先が叩くキーボードの感触。それが何なのか、幼い私にはわからなかった。 十五になった夜、唐突に理解した。あれは前の世界の記憶だ。 私はかつて、別の場所で、数字を扱う仕事をしていた。帳面の矛盾を見つけ、不正を暴き、報告書を書く。そういう人間だった。 養父が死んだのは、それから二年後のことだ。 王宮に花を納めていた養父は、ある日突然「横領」の罪を着せられた。弁明の機会もなく、全財産を没収され、失意のうちに病で逝った。 私は知っている。養父の帳面に嘘はなかった。数字の並びには癖が出る。養父の数字は、いつも真っ直ぐだった。 あの帳面を改竄したのは、王宮の誰かだ。 それから五年。私は下町で花を売りながら、静かに準備を続けてきた。前世の知識を整理し、この世界の商習慣を学び、王宮の取引記録を集められるだけ集めた。 そして今日、一通の手紙が届いた。 王宮会計院、臨時監査官補佐の採用通知。差出人の名は、会計院長トーマス。 花籠を下ろし、手紙を膝の上に置いた。指先が、かすかに震えている。 養父の無実を、証明する。王宮に巣食う嘘を、数字で暴く。 明日から、私の戦場が変わる。

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小説を読もう2026/03/13
  • 現在の作品聖女の仮面を剥がすのは私―前世の記憶を武器に王宮の闇を暴き今日も静かに真実を数える