あらすじ
毎朝、誰より早く目を覚ます。
紅茶の銘柄も、席順も、領地の帳簿も。
十年間、すべてをひとりで回してきた。
夫は一度も感謝の言葉を口にしなかった。
義母には当然だと言われ続けた。
手首の結い糸は、とうに白く褪せていた。
この世界では、夫婦の絆が糸の色に映る。
鮮やかなら健全。褪せれば、壊れた証。
ロゼッタはその白い糸を長袖で隠し続けた。
ある朝、書き置き一枚を残して屋敷を出た。
向かった先は、祖母が仕立て屋を営んだ港町。
待っていたのは、潮風と寡黙な幼馴染の船乗り。
彼は何も聞かず、黙ってマントをかけた。
翌朝から毎日、玄関の前に薪が置かれている。
理由は一度も告げられない。
残された公爵家では朝食の紅茶すら出せない。
商人たちは一人、また一人と取引を断り始める。
崩れていくのは、屋敷だけではない。
祖母の鋏を手に取り、もう一度針を持つ。
自分の名前で、自分の仕事を始めるために。
白い糸を隠す日々は、もう終わった。
だが元夫は気づき始めている。
失ったものの正体に。
その答えを知るのは、海風だけだ。