あらすじ

​「わたしのお父さんは、警察官のお仕事をしています」
​ その声は、ひどく平板で、どこか遠い場所から響いているようだった。
 かつて小学校と呼ばれていた場所、その教室のスピーカーから流れる鈴木芹香の作文。それは、この狂った世界における「創世記」の読み上げに他ならなかった。
​ 窓の外には、かつて文明と呼ばれたものの残骸が横たわっている。
 国道には、まるで意思を持って並べられたかのように、規則正しく車が放置されていた。車内のシートに座っているのは、生身の人間ではなく、茶褐色に干からびたミイラの群れだ。彼らはあの日、ただ「着ぐるみを着ていなかった」というだけの理由で、逃げる間もなくその命を奪われた。
​ 朽ちた電柱が斜めに空を指し、歩道橋の鉄柵は錆び、剥げたペンキが風に舞う。
 人っ子一人いない静まり返った街並みに、芹香の朗読だけが重なる。
​「お父さんは、27年前の『異変』のときも、遊園地で着ぐるみを着て風船を配っていました。だから、周りのお客さんたちがばたばたと倒れて死んでいく中で、ただひとり生き残ることができたそうです。……お母さんも、デパートで着ぐるみを着ていたから、生き残れました。どうして着ぐるみを着ていた人たちだけが助かったのかは、今もわかりません」
​ 50億の命が、わずか数千にまで削り取られたあの日。
 生き延びた者たちは知った。一度でもその「毛皮」を脱げば、たちまち命が霧散することを。
 彼らは絶望を噛み締めながら、着ぐるみを脱ぐことを諦めた。そして、生まれたばかりの赤ん坊にも、産声と同時に柔らかな毛皮を被せた。
​「だから、わたしもうまれてからずっと、きぐるみを着ています」
​ それは呪いでもあり、唯一の生存条件でもあった。
​1
​ 廃校の教室。
 かつては何十人もの子供がいたであろう広い空間に、机はわずか四つしか置かれていない。そのうち三つの机を寄せ合い、大きなぬいぐるみが三体、楽しげに談笑していた。
​ 加藤麻衣、小島雪、そして鈴木芹香。
 それぞれが異なる動物やキャラクターの姿をしているが、その中身がどのような顔をしているのか、彼女たち自身も久しく見ていない。
​ その様子を少し離れた場所から見つめる視線があった。

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アルファポリス
アルファポリス2026/04/01
  • 現在の作品きぐるみピエロ ―きぐるみを着ていなければ死ぬ。― ポストアポカリプスから始まり、ポストアポカリプスに至るまでのオムニバス