あらすじ
#関節夫の手のひら小説382
タイトル:花の時間(とき)
その桜は、あまりにも静かに咲いていた。
真理子は足を止め、枝先に揺れる淡い花びらを見上げた。風はほとんどないのに、花はかすかに震えている。まるで、誰にも気づかれぬように咲いた心のようだった。
「きれいだな」
後ろから声がした。圭介だった。
「うん。でも、なんだか…切ないね」
真理子はそう言って、目を細めた。
「どうして?」
「こんなにちゃんと咲いてるのに、すぐ散っちゃうから」
圭介は少し黙ったあと、隣に並んだ。
「善いものほど、長くは留まらないってことか」
真理子は小さく頷く。
「人の気持ちも、そうかもしれないね」
その言葉に、圭介は何も返さなかった。ただ、ひとひらの花びらが風に乗って落ちてくるのを見ていた。
やがて、その花びらは真理子の肩にそっと触れ、静かに地面へと滑り落ちた。
「ほらね」
真理子は微笑む。その笑みは優しく、そしてどこか儚かった。
圭介はその横顔を見つめながら思う。
この瞬間もまた、同じなのだと。
どれほど美しく、善きものであっても——
それは、永遠ではない。
だからこそ、人はこうして立ち止まり、見上げるのだろう。
散りゆくものに、心を重ねるために