あらすじ
二軍ベンチ常連で「透明」な存在として扱われてきた高校生・秋庭遥斗は、クラスでも冴えず、人混みに紛れればすぐに消えるタイプの少年だった。だが古典の授業で『伊勢物語』を扱ったときだけ、胸の奥が急に熱くなる。教師が読み上げる在原業平の和歌のリズムに身体が勝手に反応し、思わずラップ調で返歌を口にしてしまう。教室中が驚く中、翌朝の通学路で電動キックボード「Loop」と接触事故を起こし、意識を失った遥斗は、夢の中で在原業平と邂逅する。「俺の言葉を継げ」と告げられた瞬間、業平は彼に憑依し、遥斗は世界の音がすべてビートに変わる異質な感覚を手に入れる。
友人に誘われて初めて参加したサイファーで、業平の調べが背中を押し、遥斗は「今、少年ありけり」と名乗って観衆を沸かせる。しかし業平は万能の霊ではなく、恋と旅の心だけ示して「選ぶのはお前だ」と突き放す、厳しくも温かな“師匠”だった。憑依によって能力を得たのではなく、憑依をどう自分の言葉に変えるかが問われていく。
図書室で伊勢物語を読み込む文芸少女・一ノ瀬ことはは、遥斗のラップに“物語の外側にいた少年が、自分のページを開こうとしている瞬間”を感じ取り、彼の最初の読み手になる。一方、SNSで話題の覆面女ラッパー「KOMACHI-Q」は、小野小町の系譜すら思わせる鋭いリリックで、恋と孤独と承認欲求の痛点を撃ち抜く存在だった。やがて「在原業平憑依疑惑の高校生」と「KOMACHI-Q」の物語が交差し、二人はスタジオイベントでの特別バトルに招かれる。
憑依の力だけでは立てないと悟った遥斗は、透明だった過去も、二軍に沈んでいた日々も、事故すらも言葉として晒し、「ここが舞台だ」と真正面から立つ覚悟を固める。
“昔、男ありけり”“今、少年ありけり”“今、少女ありけり”──千年をまたぐ言葉の継承と、ひとりの少年が憑依を越えて「自分の言葉で立つラッパー」へと変わっていく青春成長譚。