あらすじ
16歳の阿久津舞は、女性と見紛うほどの美しい容姿を持つ男子高校生。劣悪な家庭環境で育ち、何者にもなれず「空っぽ」になることを極端に恐れる彼は、本来の透き通る高音(クリスタル・ハイ)を隠し、艶やかな低音(ベルベット・ロー)を作って、場末のライブハウスで逃げるように日々を過ごしていた。
そんな舞の心の中には、もう一つの魂が宿っている。「精神寄生体(パラサイト・スピリット)」として彼に同居するのは、戦後のイギリスで凄まじい差別を跳ね除け、大企業を築き上げた伝説の日本人経営者・下柳聡一郎の魂だった。夢から逃げ続ける舞を、聡一郎は厳しく冷笑する。
ある夜、ライブハウスに訪れた英国のレコード会社社長・トニーとの出会いが、舞の運命を大きく動かす。
「挑戦しない者には、敗北する権利すら与えられない」
その言葉と聡一郎の叱咤によって殻を破った舞は、二つの声を解放した圧倒的な歌唱を見せつけ、ロンドンでのプロデビューへの切符を手にする。
しかし、本場のプロの世界は甘くなかった。厳格なボイストレーナーにより、舞の持つ「低音」は下品なゲテモノとして封印され、美しい高音だけで歌うことを強要されてしまう。没個性に陥った舞はオーディションで惨敗。だが、その悔し涙の中で、舞はついに誇り高き「最初の敗北」を知り、自らの足で立ち上がる覚悟を決める。
かつて聡一郎が、異端の味「醤油《ブラック・ネクター》」で大英帝国の舌をねじ伏せたように。
背水の陣となるガラ・パーティーのステージで、舞は押し付けられた上品なバラードを捨て、ソウル・ミュージックを突きつける。天使のような『クリスタル・ハイ』と、老練な悪魔のような『ベルベット・ロー』。相反する二つの魂が完全に融合した規格外の「毒」が、保守的な英国紳士淑女たちの度肝を抜き、熱狂の渦へと巻き込んでいく――。
これは、傷つくことを恐れた少年が、自らの「異質さ」を最強の武器に変え、世界を征服するための第一歩を踏み出すまでの、魂の再生と反逆の物語。