あらすじ
戦後、日本のとある町、高等学校に通うある少女には誰にも言えない変わった癖があった。
「唇の皮を食べる」――それが、少女・恵子のやめられない癖だった。幼い頃から続くその行為は、やがて周囲の理解を得られないものへと変わり、母は彼女を気遣いながらもどこか恐れるようになる。ガーゼマスクで癖のせいでぼろぼろに荒れた口元を隠し、人目を避けるように通院を続ける日々の中で、恵子は次第に自分の内側にある欲望と誰にも理解されない孤独を強く意識するようになっていく。欲求は激しくなる一方で、いつの間にか恵子は他人の唇の皮を食べたい衝動に駆られていた。
「誰かの唇の皮の味を想像していないと不安になる。」
やがて彼女はとある計画を立て実行に移すことにした。実の両親の唇の皮を食べる為に。欲望を満たすにつれ、彼女は充足感を得ていたが、時折強い孤独感に苛まれるようになった。
そして彼女は、自分と同じ嗜好を持つ少年・正一と出会う。互いの異常を否定することなく受け入れ合える存在に、恵子はこれまでにない安らぎと高揚を覚える。二人は秘密を共有し、唇を通して奇妙な絆を深めていく。しかしその関係は、理解と共感にとどまらず、次第に常識や倫理を踏み越える領域へと踏み込んでいくのだった。
愛情、依存、そして“ひとつになりたい”という歪んだ願望。正一の内に潜む衝動が露わになるにつれ、恵子は自らの欲望の行き着く先を目の当たりにする。取り返しのつかない現実と向き合ったとき、彼女が選び取る道とは何か。
これは、理解されない欲望を抱えた少女が、他者との関係の中で揺れ動きながら、「愛」と「生きること」の意味を見つめ直していく、静かで歪な心理の物語である。