あらすじ
那珂川ランドの朝は、いつも白粉の匂いから始まる。
諸岡は鏡の前で、毎朝同じ顔を塗り潰す。
元メリーゴーランド担当。穏やかな回転と馬の背中が恋しいまま、
社員登用を機に突如、大道芸部のマネージャー兼“那珂川ピエロ”へ異動させられた。
陽気で、愉快で、決して笑顔を崩さない。
それがピエロの掟だ。
失敗しても、客の冷めた視線に晒されても、どうにかして笑いに変える。
それが彼の仕事。
葛西先輩の厳しい理想、新人たちの未熟な成長、
休憩室の疲れた空気、バルーンが割れる音。
すべてが彼を少しずつ削っていく。
それでも、客席から上がる本物の笑い声が響いた瞬間だけ、
仮面の下で、ほんの少し息ができる。
メイクを落とすたび、素顔に戻る。
でも次の出番で、また白を塗る。
「自分が一番嫌いじゃないこと」なんて、
探しているうちに、いつしか見失っていたのかもしれない。
テーマパークのキラキラした表舞台の裏で、
ピエロは今日も静かに、仮面を被り続ける。
――笑顔の向こう側に、何があるのか。
まだ、誰も知らない。