あらすじ
僕は、いつも空想の中で生きていた。
教室の窓際、ノートの端に引いた一本の線から、どこまでも続く線路を思い描く。知らない街、見たことのない景色、そこで始まるはずの物語。空想の中では、いつだって何かが起こる。
けれど現実は違った。
チャイムは同じ音で鳴り、授業は同じように進み、毎日は繰り返されていく。特別なことは何も起きない。僕にとって現は、ただ退屈で、意味の薄いものだった。
だから僕は、現実よりも空想を選んでいた。
そんな日々の中で、一人の転校生と
出会う。
彼女は静かな人だった。多くを語らず、ただそこにいるだけなのに、なぜかその存在だけが、はっきりと感じられた。
放課後、偶然同じ帰り道を歩くように
なる。
会話はほとんどない。それでも不思議と気まずくはなかった。言葉のない時間が、どこか心地よく感じられた。
「空想って、楽しい?」
ある日、彼女はそう尋ねる。
僕は戸惑いながらも、現実よりずっと楽しいと答える。彼女はただ「そっか」とだけ返した。
その何気ないやりとりをきっかけに、僕の中で少しずつ何かが変わり始める。
遠くの世界を思い描くよりも、隣を歩く彼女の存在や、帰り道の風景が気になるようになっていく。何も起こらないはずの現実の中で、確かな時間が流れていることに、初めて気づき始める。
しかし、その変化は突然終わりを
迎える。
「引っ越すことになったの」
彼女は静かにそう告げる。特別な出来事も、劇的な別れもないまま、日常の延長の中で終わりは訪れる。
最後の日、いつもと同じ帰り道を歩き、彼女は「またね」と言い残して去っていく。その「また」が来ないことを、僕はどこかで理解していた。
彼女がいなくなっても、日常は
変わらない。
同じように時間は流れ、同じ景色が続いていく。
それでも、僕の中だけが静かに
変わっていた。
空想は今も広がっている。けれどそこには、あの沈黙や空気は存在しない。
気づいてしまったのだ。
現実は、派手ではない。何も起こらないことの方が多い。
それでも現実は、空想よりも静かで、確かにそこにある。
これは、空想に逃げていた少年が、一つの出会いと別れを通して、現実の持つ静かな重さに触れていく物語。