あらすじ
景司は酒を飲むと必ず昔話を始める男だった。
「あのとき運が良けりゃなあ」、そう言っては、人生の分かれ道を振り返り、嘆き、時には笑う。その話を、ただ黙って聞くのが友人の崇である。若い頃、二人は同じ夢を見て同じ町を歩いた。しかし仕事、恋、家庭、時代の波に揺られ、人生は少しずつ違う道へ流れていく。
それでも酒を酌み交わせば、景司はまた同じ言葉を口にする。「運が良けりゃ、ああだった」。そのたびに崇は静かに杯を満たす。
青年期の無鉄砲な夢、働き盛りの挫折、家族を持つ喜びと重み、老境の孤独。長い年月のなかで、嘆きは形を変えながら続いていく。
だがある夜、崇はふと気づく。景司の嘆きは、ただの後悔ではない。生きてきた証を確かめる、ささやかな儀式なのだと。
酒場の灯の下で語られる数えきれぬ「もしも」の物語。
それは、平凡な男たちの半生を静かに照らす、大河のような友情の記録である。