あらすじ

『夫はやってないと、妻は言えるか』

満員電車の匂いがする
鉄と汗と、知らない誰かの体温

その中で
あなたは、何をしていたの

――やってない

その一言が
どうしてこんなに重たいのだろう

 

警察署の廊下は冷たくて
床の光がやけに白い

あなたはガラス越しに
指先を動かすだけで
何も触れられない

「信じてくれ」

わたしは、うなずく代わりに
唇を噛んだ

 

信じたい

でも
世界はもう、あなたを
“やった人”として扱っている

ニュースにもならない罪が
静かに、生活を壊していく

洗濯物を干すとき
隣の窓が閉まる音

スーパーで
会釈が返ってこないこと

それだけで
胸の奥がざらざらする

 

――本当に?

その言葉が
何度も喉まで上がって

何度も、飲み込まれる

 

あなたのシャツには
柔軟剤の匂いしか残っていない

指紋も、証拠も、見えないのに

疑いだけは
こんなにも、はっきりしている

 

ねえ

わたしは、あなたの妻だけど

あなたの“その瞬間”を
見ていたわけじゃない

 

だから

「やってない」と
言い切ることができない

 

それでも

 

あなたが
壊れていくのを見ている

目を合わせられなくなることも
電車に乗れなくなることも

夜中に、息を殺して泣いていることも

 

それは、知っている

 

だから

わたしは

 

「やってない」とは言えない

 

でも

「あなたは、やった人だ」とも
言わない

 

そのあいだに立って

ぐらぐらと揺れながら

それでも、倒れないように
あなたの隣に立つ

 

それが

わたしにできる
たった一つの証明だから

 

朝

人の少ないホームで

あなたは、震える手で
吊革を持つ

 

その背中に

わたしは言う

 

「いってらっしゃい」

 

信じる、の代わりに

生きる、を選ぶように

 

今日も、わたしは

あなたの妻でいる

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アルファポリス
アルファポリス2026/03/20
  • 現在の作品痴漢冤罪 『夫はやってないと、妻は言えるか』