あらすじ
「ほお、いい店じゃないか」
夜、作家の男は雑誌の記者を名乗る女に誘われ、とあるレストランを訪れていた。
店は小ぢんまりとしているが、落ち着いた色合いの照明が柔らかく空間を包み込み、木の床やテーブルからはほのかに樹脂の甘い香りが漂っている。少し歩けば海があるため、波が砕ける音がかすかに届いてくる。
席に着くと、男は無意識のうちに目を閉じ、耳を澄ませた。その顔にはどこか遠い日々を懐かしむような、穏やかな笑みが浮かんでいた。
と、そこへウェイターが音もなく近づき、そっとメニューをテーブルに置いた。男ははっとして目を開けた。向かいに座る女が少し困ったような笑みで小首をかしげていることに気づくと、男は照れくさそうに笑った。
「いやあ、すまないね。つい波の音に聞き入ってしまったよ」