あらすじ
銀縁眼鏡の奥に、他人には視えない「世界の不具合(ノイズ)」を捉える眼を持つ少年、浬(かいり)。他人のつく嘘や、街に潜む非科学的な怪異が、テレビ画面の砂嵐のようなノイズとして現実を侵食する――。
その特異体質ゆえに実母からも「化け物」と拒絶された過去を持つ彼は、以来、目に見える物質と数式、そして冷徹な論理(ロジック)だけを信じて生きてきた。
そんな彼を唯一、無遠慮な笑顔で「相棒」と呼び、冷たい人間社会に繋ぎ止めていたのは、直感型で情に厚い幼馴染の蒼介だった。
物語は、正反対な二人の平穏が、ある不可解な「バグ」によって浸食されるところから動き出す。
最初の異変は、最も身近な存在である蒼介を襲った。全身の細胞が急激に入れ替わる奇妙な怪異に取り憑かれ、記憶も性格も完璧で無機質な「別人」へと変貌していく親友。昨日までの笑顔を失った蒼介を前に、浬は絶望の淵で自らの武器である理学を振るう。
「全身の細胞が数年で入れ替わっても、人は同じ自分と言えるか?」――古代のパラドックス『テセウスの船』の論理を、浬は親友を奪還するためのメスに変える。細胞が入れ替わっても、脳に刻まれた「共通の心の傷」という物理的な証拠だけは消えない。自らの知性を極限まで回転させ、浬は世界から蒼介のアイデンティティを鮮やかに「検収」し、彼を取り戻してみせるのだった。
言葉の檻に囚われ、未来を予言される恐怖に震える少女を救うため、彼は『ワニのパラドックス』を逆手に取り、最強の矛盾で運命のシステムをフリーズさせる。
だが、怪異を解剖し続ける彼の心の奥底には、常に消えない一つの「バグ」が潜んでいた。それは、かつて自らの理屈では救うことができなかった、病死した初恋の少女・零奈の記憶だった。
物語の最終局面、浬は零奈と再会する。それは現実の病室ではなく、かつて二人で遊んだ「テレビゲーム」の中の精神世界だった。
そこは左右の概念がなく、高次元からの干渉が影となって伸びる、不思議で残酷な平面世界(フラットランド)。死生観の壁を越え、現世の住人である浬の前に現れた零奈は、あの日のままの姿で彼を呼ぶ。
これは、矛盾だらけの世界を愛せなかった少年が、大切な人の温度を信じ、自らも救われていくまでの魂の観測記録である。