あらすじ
「私は、醜く腐っていくわけにはいかない」
再生医療の研究者・芦沼雷門は、切実な焦燥の中にいた。
還暦近い自分に対し、かつての教え子である妻・華蓮は二十代で、歳月を重ねるごとに美しさを増していく。
隣に並ぶたびに突きつけられる、老いという名の敗北。愛する妻に相応しい「完璧な自分」を取り戻すため、彼は禁断の技術に手を伸ばす。
自己由来クローン組織置換術――通称『プロジェクト・テセウス』。
自らの細胞から培養した新品のパーツを、一つずつ現在の肉体と交換していく新技術。
それは、朽ちた木材を入れ替え続けた船は依然として「同じ船」なのかを問う、古代ギリシャのパラドックスの体現だった。
手足は二十代の躍動感を取り戻し、内臓は若者のようにエネルギーを貪欲に吸収する。
身体の半分は全能感に満ち、半分は老いの腐敗に蝕まれているという歪なパッチワークの感覚。しかし、それこそが雷門を突き動かす原動力だった。
「次は肺だ。このボロボロの帆を張り替える。そうすればまた一歩、彼女の隣に相応しい『完璧な私』に近づける」
臨床実験は順調に進み、ついに最終段階である『脳』の換装へと辿り着く。
古い脳から新しい脳へ、記憶と人格という名の『積荷』を積み替える作業。これが成功すれば、彼は真の意味で生まれ変わり、老いゆえに諦めた妻との新婚旅行が現実のものとなるはずだった。
手術前夜、雷門は確信と共に深い眠りにつく。
次に目覚める時、目の前には輝かしい新世界が広がっているのだと――。