あらすじ

寛永十四年(一六三七年)四月。 出羽国横手城の一角にて、一人の老将がひっそりと息を引き取ろうとしていた。かつて幕府の中枢で権勢を振るった本多上野介正純、享年七十三。 雪深い幽閉の地で迎える、あまりにも寂寞たる最期。だが、今際の際にその胸を焦がしたのは、悲哀でも後悔でもなかった。己を罠に嵌め、没落させた者共への、底知れぬ業火の如き怒りである。 土井大炊頭利勝らの浅ましき権力闘争か、加納御前の身勝手な逆恨みか。否、何よりも許し難きは――己が保身と面子のために忠臣をたやすく切り捨てた、時の将軍・徳川秀忠その人であった。 どくン、と脈打つ音と共に、正純は己が目を疑った。 薄暗き幽閉の座敷ではない。見慣れた、活気ある宇都宮城の居室であった。 時は遡り、元和八年(一六二二年)。輪廻の悪戯か、はたまた神仏の気まぐれか、正純はまさかの「死に戻り」を果たしたのである。 与えられた二度目の生。正純の腹の底でどす黒く燻っていた怒りは、明確な殺意となって将軍・秀忠の首魁ただ一つへと向けられた。 この年、秀忠は神君・家康公の七回忌にあたり、日光東照宮への社参を控えていた。その帰路、宇都宮城へ一泊する予定となっており、正純は持てる財と誠心を尽くし、城の普請と豪奢な『御成御殿』の造営を取り仕切っていたのである。 しかし、四月十六日に秀忠が日光へ赴くと、事態は暗転する。 秀忠の異母姉にして奥平忠昌の祖母・加納御前より、「宇都宮城の普請に不審あり」との密訴が届けられたのだ。真偽の詮議を先延ばしにした秀忠は、四月十九日、突如として「江戸の御台所が急病に倒れた」という虚報を口実に予定を翻し、宇都宮城を素通りして下野国壬生城へと逃げ込んだ。 報せを受けた正純は、静かに、そして酷薄に嗤った。 「……大御所様の股肱の臣であった本多家すら信じられず、浅ましき女の讒言に踊らされるとは。誠、肝っ玉の小さき男よな」 正純は直ちに筆を執り、壬生城に逃げ込んだ秀忠へと一通の書状をしたためた。 「釣天井が恐ろしければ、一生、加納の婆の膝下から離れねばよかろう」 あえて将軍の逆鱗を撫で斬りにする、毒に塗れた挑発の文である。

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小説を読もう2026/02/23
  • 現在の作品宇都宮釣天井、在り。 ~無実の罪で貶められたので、二度目は本当に将軍を圧殺することにした~