あらすじ
京都・鴨川のほとり。比叡山を見つめる清少納言(なぎこ)の長いスカートの裾には、宇宙の真理を飲み込む五次元の特異点が隠されていた。
観測者・ちひろは、なぎこの誘いによって、物理法則も性別の壁も溶け去る「空(くう)」の深淵へと吸い込まれていく。男と女、二つの性を「二重スリット」のように重ね合わせ持つちひろの意識がたどり着いたのは、ボーアに似た謎の易者が主を務める、多次元の酒場。そこでは和泉式部が「個」を失い、悦楽のなかで昇天しかけていた。
仮面を被れば冷徹な毒舌家、仮面を脱げばトロンと溶ける愛欲の化身。そんななぎこと、万物の理を観測せんとするちひろ。二人が「不二」の絶頂に達したとき、宇宙の波動関数は、愛という名の特異点へと収縮する。
『ゼロ・エントロピーの恋』 登場人物紹介
ちひろ(観測者)
男と女、二つの性を「二重スリット」のように重ね合わせ持つ存在。論理と官能の狭間で揺れながら、なぎこの深淵を観測し、世界の「不二」を確定させようとする物語の主人公。
なぎこ(清少納言)
「二重スリット」な性格を持つヒロイン。清少納言の仮面を被っている時は鋭い知性の毒舌家だが、仮面を脱ぐとちひろにだけトロトロに溶ける甘い少女へと変貌する。そのスカートの裾には五次元の特異点が隠されている。
ボーア似の易者(維摩)
多次元の酒場の主。「相補性」を説き、客に「空(くう)」の酒を振る舞う謎の男。原子の構造を解き明かした物理学者のような風貌で、混乱する世界を静かに観測している。
和泉式部
酒場の隅で、常にボーアに抱かれている情熱の歌人。自らの境界線を失い、エントロピーを増大させながら、快楽のなかで悟りへと跳躍しようとしている。
紫はん
時折ふらりと現れる、静謐で知的な女性。物語の位相を瞬時に変えてしまう、不確定な特異点のような存在。