あらすじ
2038年、量子コンピュータの開発に取り組む実験物理学者・梶原遥は、同時にもつれさせられる量子ビットの数に不可解な上限があることに気づく。その数は891。装置や手法に関係なく、世界中のどの研究チームも同じ閾値にぶつかっていた。
理論物理学者・戸田誠一郎との議論を経て、梶原はこれが自然法則ではなく「計算資源の上限」——つまりこの宇宙がシミュレーションであることの証拠ではないかという仮説に到達する。仮説を検証するため、梶原は閾値を繰り返し叩く負荷テストを開始する。
実験が進むにつれ、重力定数のゆらぎ、光速の微小な変動、同じ時刻が二度訪れる現象など、世界の根幹に関わる異常が次々と発生する。しかもそれらは約40ミリ秒後に痕跡なく「修復」されていた。何者かがリアルタイムでバグを直している。
そしてある朝、すべてが元に戻っていた。閾値は892に引き上げられ、異常データは消え、同僚たちの記憶も書き換わっている。梶原の手元に残るのは、自分の筆跡で「891」と書かれた手書きのノートだけ。だがそれを書いた記憶すら、本物かどうかわからない。