あらすじ
霧島葵、二十五歳。東京の中堅メーカーで総務をやっている。特技はない。趣味もない。履歴書の「特技・趣味」欄はいつも空白。唯一それらしいことといえば、人の話を聞くのが苦にならないこと。飲み会では端の席で生ビールを飲みながら、上司の愚痴と同僚の恋バナと後輩のラノベ語りを順番に聞く。葵のターンは来ない。来なくても構わない。語ることがないのだから。
深夜の横断歩道で、トラックに轢かれて死んだ。
目を覚ますと、異世界だった。
ルーメリアと呼ばれるその世界の住人――ヴァニタール族は、承認欲求が生理的衝動として身体に組み込まれている。「聞いてほしい」「称えてほしい」という渇望は、空腹や渇きと同じく抗えない。称賛を受けると瞳が金色に輝き、奪われれば心身が壊れる。社会は「私があなたを聞いて称える。次はあなたが私を聞いて称える」という互酬で成り立っている。
葵には、その衝動がなかった。
「次は自分の番だ」という渇望を持たない葵の傾聴は、この世界の誰にも真似できない純度を持っていた。葵が称えると、人々の瞳はかつてないほど深く輝いた。感謝され、必要とされ、求められた。東京では透明だった自分に、初めて輪郭が与えられた。
しかし、ある傾聴士の男が警告する。
「あなたはこの街に麻薬を持ち込んだ。一度あなたの称賛を知った者は、もう他の称賛では満足できなくなる」
承認が通貨であり、傾聴が労働であり、称賛が権力であるこの世界で、「聞くだけ」の少女はどこに辿り着くのか。